「おーい。社長―!」 扉を開けて入って来たのは、この事務所『KRAUN』の副社長『鎌谷呉羽』だ。 手には大量の資料やら契約書やらを抱えている。 一方、社長と呼ばれた人物『平成のホームズ』は、社長席に座って俯いたまま言った。 「何ですか?呉羽…」 「これ、今日の分の契約書です。一通り目を通しといてくださいよ」 「ん―……?」 「…社長?」 後ろを向いたまま、一度もこちらを見ずにただ俯いているホームズに疑問を抱いた呉羽。 「……………」 そーっと、近付いてみると…………社長が先程から俯いたままの理由が分かった。 「…社長、それは……」 「ん―?」 社長が俯いたままの理由、 「あ、良いでしょう?『名探偵コナン』の最新巻。」 それは、社長が愛読している漫画だった。 「今ちょうど、コナンが犯人を持ち前の推理で追い詰めて―――――ん?」 背後から来る緊迫した空気に、言葉を止めて振り返る。 「あ―…あの…く、呉羽?」 「また仕事サボってたのかぁ!!ホームズぅッ!!!」 「ひぃ―っ!!??」 余りの殺気に、思わず叫ぶ。呉羽は、ホームズから漫画を取りあげると、代りに大量の契約書をデスクの上へ置いた。 「今日の分の仕事が片付くまで、漫画はぼ没収させていただきます!」 「そんなぁ~!!あんまりですよぉ―呉羽ぁ~」 「あんまりではありません!では、仕事が終わった頃また来ます」 「うぅ~…」 しばらくぶつくさとぼやいていた社長だか、観念した様に目の前の契約書の山に目を通し始めた。 その様子を確認し、呉羽は社長室から出ていった。 「―はぁ…」 誰もいない廊下で、一人大きなため息を吐く。 何で…? 「―あんな人についているんだろ?」 今まで、心のどこかで浮遊していた疑問。 お気楽で、マイペースで、直ぐに仕事をサボる不真面目人間。 前の自分なら、絶対相手にもしないであろう人種。 なのに―――――。 「何でだろうな……?」 その時、ふと昔の自分を思いだす。 周りの世界が、黒と赤しかなった頃の自分。 きっと、一生変わる筈がないであろうと思っていた世界。しかし、あの人と出会ったあの日。 それが、一変した。 「……あぁ、そうか………」 自分が、あの人についている理由。 「……ただ、一緒にいたい………」 沢山の色に光る世界。 その世界を教えてくれたのは、あの人。 だから、自分はついていく。 これからも、様々な色に光っていくであろう世界の中。 あの人と一緒に―――。 「……何感傷に浸ってるんだか……」 先程、ホームズから取り上げた漫画に視線を落しながら、苦笑する。 そして、自分の仕事部屋に戻ろうと足を進めた時―――。 「くぅ―れぇ―はぁ―」 だらしなく呼ばれる、自分の名前。 何かと思い、社長室のドアを開ける。 「何ですか?」 「ヘルプミー」 「……はい?」 部屋に入るやいなや、だらしなくデスクにもたれ、契約書の山に埋もれているホームズが目に入った。 「ヘルプミー」 「……僕に手伝えと?」 「そのとおり♪」 「…………」 急に黙り込んでしまった呉羽。 「あ、やっぱり駄目?」 にへっ。と、笑いながら言うホームズ。 呉羽は、本日二度目のため息を吐くと、 「仕方ありませんね。手伝います」 そう言って、まだあまり手付かずの契約書に手を伸した。 「やった!感謝しますよ、呉羽♪」 「…―まったく……」 「これで、早くコナンの続きが読める♪」 「結局それが目的ですか………」 「てへっ☆」 「………………」 「どうしました?呉羽」 「……まったく、貴方には敵いませんね」 「何がですか?」 「いえ、何でもありません」 「?おかしな呉羽ですねぇ」 「それはさておき、さっさと仕事を終わらせないと、何時まで経ってもコナンは帰って来ませんよ?」 「だぁ―っ!?そうでした!!」 「じゃあ、始めますか」 黒と赤しか存在しなかった世界。 それを、懐かしい過去と思える様になったのは、幸せな事なのでしょうか? 少なくとも、今は幸せだと思える。 あの人と一緒にいるこの世界。 沢山の色に満ちたこの世界。この先も、ずっとここに居たいと思った時――――。 また、世界に色がついた。