これは夢だ。全部夢なんだ―――――。 螺旋悪夢 「……!?」 重い瞼を上げれば、そこは真っ赤な世界。 左右上下前後………全てを、赤が支配していた。 自分しかいない、赤の世界。 「何処だここは…?オイッ!誰かいないのか?」 無音。 「返事しろよ………オイッ!!!」 無音。 「………何で………?誰もいないんだよ………誰か……誰かいないのかよーッ!!?」 「どうしたのですか?呉羽」 「!!」 振り替えれば、そこにいたのは、 「ホームズッ!!」 真っ赤な世界に、漆黒の燕尾服を纏った人影が一つ。 呉羽は、ほっと胸を撫で下ろし、歩み寄る。 「今まで何処にいた……」 ドッ!! 「!?」 心臓が急激に波打つ。同時に、目の前が歪んだ。 (何だ……?目眩が…………) 「呉羽?」 ホームズが、心配そうに顔を覗き込んで来る。 すると、目眩がより一層強くなった。 足元が揺らぐ。 まるで、自分のではないかの様に身体が言う事を聞かない。 「大丈夫ですか?顔色が悪いみたいだけど……?」 荒い呼吸を繰り返す呉羽を見兼ねて、手を差し延べた。 次の瞬間――――。 「―――ッ!!?がはっ!!!」 (……………え?) 彼の身体が、凄まじい勢いで叩き付けられる。 (………………な………に………?) 目の前には、喉を押さえ付けられ、半分呼吸の出来ていないホームズ。 (………え?) ―――――僕ハ、何ヲヤッテイル? 「ぐッ……かはぁ!」 (やめろ……) 思考とは裏腹に、押さえ付ける手に力が入る。 (止めろ……死んでしまう……) 更に手に力が入り、ホームズの首を潰す。 (止めろ……止めろって…!!) 完全に思考を無視している呉羽の身体は、痺れを切らした様に両肩を押さえ付け直すと、その肩口に犬歯を突き立てた。 (ヤメロヤメロヤメロッ!!!) そして―――――――。 「ヤメロォ―――――――ッ!!!!!」 朦朧とする意識の中、骨の砕ける音と、金切声に等しい悲鳴が聞こえた気がした。 「―――ッ!!?」 慌てて飛び起きると、そこは事務所内の自室。 息は上がり、身体中からは嫌な汗が吹き出している。 「……………夢?」 少し呼吸が落ち着き、思考がはっきりとしてくる。 「ハッ!!ホームズッ!!?」 先程の夢が脳裏を過ぎり、弾かれる様にベッドから飛び出した。 「…ハァ…ハァ…」 廊下を駆け抜け、その姿を探す。 (何処にいるんだよ…?) 突き当たりを曲がった時、 「わぁっ!?呉羽!?」 「!?」 突然、目の前にリルが現れた。 仕事中だったのか、大量の資料を抱えている。 「どうしたの?そんなに慌てて?」 「あ……あのさ、社長見なかったか?」 「あぁ、社長ならこの資料片付け終わってまだ社長室にいると思うよ」 「社長室……」 「でもどうしてそんな事聞く……って、呉羽!?」 突然走り出した呉羽に、リルが驚きの声を上げたが、そんなには全く気を使う事無く呉羽は走り続けた。 「ホームズッ!!?」 バンッ!!!と、勢い良く社長室の扉を開ける。 すると、椅子に腰掛けていたホームズが慌てて振り返った。 「ぅわっ!?く、呉羽!?」 尋常じゃない様子の呉羽に、目を見開いて驚く。 その様子は、いつもと変わりない。 「………………」 ひとまず変わり様の無い風景に安堵する。 「一体どうしたのですか?そんなに慌てて……」 「…………いいえ、僕の思い過ごしだったようです……」 「はぁ……?」 少し腑に落ちない様子のホームズ。しかしその後「おかしな呉羽ですねぇ」と言いながら笑みを浮かべた。 その笑顔に、呉羽も気が緩む。 (やっぱり、考え過ぎだったか………) 大分落ち着きを取り戻し、改めて考え直す。 と、その時。 (あれ………?) ホームズがいつもと違う事に気が付いた。 「上着………着てないんですね」 普段、きちんと正装でいる彼が、何故か今は上着を着ていなかった。 真っ白なワイシャツ姿で、椅子に腰掛けている。 「珍しいですね、いつも服装だけは真面目だったのに」 「服装だけとは失礼ですね!私は何に関しても真面目ですよ」 「ははは。すいません」 「全く!」 不機嫌そうに頬を膨らませながら、デスクの上へ小さな箱を置いた。 「?」 中には、絆創膏や消毒液等の応急治療具が入っている。 所謂、救急箱だ。 「怪我でもしたんですか?」 「そうなんですよ。気がついたら怪我をしていて…」 「『気がついたら』?」 「えぇ。今日の朝起きたら、いつの間にか傷が付いていたんです。・・・・・ほら」 そう言って、ワイシャツの襟をめくって見せる。 (………………え?) 首筋の少し下、肩口部分。 そこには、赤くまるで何かに噛まれた様な傷跡があった。 そう、まるで―――――――。 「……………夢?」 再び、脳裏にあの時の光景が浮んだ。 次の瞬間、目の前が真っ赤に歪んで―――――――――。 気が付けば、僕はまた彼に犬歯を突き立てていた………。 そうだ、これは夢だ。 長い、長い夢。 いつになったら覚めるだろう? 後どれぐらいで終わるだろう? 悪夢なら、早く覚めて―――――。 そして、悪夢は巡る。 ―――――――幾重にも、まるで螺旋の様に―――――――