「も~っ!!何処に行っちゃったのかしら?ダーリン!」 ツカツカとヒールを鳴らしながら、くっくでゅーが廊下を歩く。 その理由は、愛しの彼『鎌谷呉羽』。 「せっかく暇が出来たから構ってあげようと思ったのに~」 事務所内はほとんど探した。しかし、姿は無い。 「もしかして、もう自室で休んでるのかしら?」 今日、最初に会った時少し顔色が悪かった事を思い出す。 「ひょっとしたら、悪化して苦しんでるかもしれないわ!今行くからね!アタシのダーリン!!」 そう叫びながら、事務所の廊下を猛然と駆け抜けて行った。 「大丈夫!?マイ・ダーリン!!」 勢い良く呉羽の自室に飛び込む。 いつもなら、「勝手に入るな!!」と罵倒されるところなのだが……… 「………ダーリン?」 「…すーすー…」 聞こえるのは、罵倒の言葉ではなく、規則正しい呼吸音。 見れば、部屋の隅に置かれているベッドの上に、毛布も掛けずに横たわっている呉羽の姿があった。 「きゃー!ダーリンが寝てるぅ!!」 横たわる呉羽のすぐ横ではしゃぐくっくでゅー。 「寝顔も可愛いわぁ~v」 しばらく、その寝顔を堪能する。 それから、頬をつついたり、軽く抓ったり。 思う存分悪戯をする。 と、 「……やめろ…」 「あら?起きちゃった?」 「………いい加減にしないと…マンガ…取り上げるぞ……ワトソン………」 「………寝言?」 どうやら、彼はまだ夢の中。しかも、どうやら夢の中ではワトソン…つまり、社長にちょっかいをされている様だ。 「ふふv寝言なんか言っちゃって可愛い!…でも、アタシは社長じゃないわよ?」 そう言いながら、また頬をつつく。 「……コラ、チビまでつつくな……!」 今度は、リルにちょっかいをされたらしい。 「もう、アタシよ。ダーリン」 「……ちょっと…笑って…ないで……貴緒さん、どうにかして下さいよ………」 「くっくでゅーなら、ここにいるわよー」 「……おい……旦那も…何か言ってやって下さい………」 「アタシは貴方の味方よー」 「……すーすー…」 「え?アタシは?」 くっくでゅーの名が出ないまま、寝言は終了してしまった様だ。 また、規則正しい呼吸音が聞こえる。 「ちょっとー!アタシは?」 「………すーすー………」 帰って来るのは規則正しい呼吸音だけ。 あれだけ寝言を言っておきながら、自分の名前だけ呼ばれないのは、少し切なかった。 なので、 「くっくでゅー」 試しに、彼の耳元で自分の名を囁いてみる。 「…………………」 無反応。 「くっくでゅー」 もう一度言ってみる。 「…………………」 やはり無反応。 「ほら、言ってみてよ。くっくでゅーって」 「……………………」 更に無反応。 相変わらずの反応に、少し腹立たしさを感じる。 「くっくでゅーよ!ほら!」 「…………………」 「くっくでゅー!!」 「…………………」 「くっくでゅーくっくでゅーくっくでゅーッ!!」 「…くっくでゅー……」 「まぁ!やっと……」 「何故お前がここに居る?」 「………あら?」 呉羽を見ると、鋭く目を研ぎ澄ませ、こちらを睨んでいた。 物凄い不機嫌オーラが辺りに漂う。 「…あ、あ~ら…起きてたの?」 「あぁ、お前が狂った様に自分の名前を繰り返し言い出した辺りからな」 「あら~…」 気まずそうに目線を逸す。 「一体何をしていた?」 あからさまに不機嫌な呉羽が、少し低い声で言う。 その様子にくっくでゅーは観念して言った。 「だって!ダーリンがアタシの名前だけ呼んでくれないから寂しかったんですもの!」 「……………はぁ?」 何を言っているんだ?と、眉間に皺を寄せる呉羽。 「さっき、ダーリンが寝言で社長達の事言ってたのよ?その中で何でアタシの名前だけ呼んでくれなかったのよ!?アタシは貴方のフィアンセでしょー!」 「意味が分からん」 「ぶー…」 頬を膨らませて呉羽を見る。呉羽は、はぁ、と小さなため息を吐いて言った。 「くっくでゅー」 「え?」 「ちゃんと名を呼んだ。今ので、寝言の件は無しだ」 「ダーリン…」 「だから、早くそこを退いてくれないか?」 気が付けば、くっくでゅーは呉羽の膝に座る様な体制でいた。 しかし、そんな事は今のくっくでゅーにはどうでも良かった。 「今、アタシの名前呼んだ?」 「あぁ、呼んだ」 「じゃあ、じゃあ!もう一回!もう一回『くっくでゅー』って呼んで!」 「嫌だ」 「えー!良いじゃない!もう一回呼んでよー!!」 「一回で十分だろ!」 「まぁ!ダーリンたら顔が赤いわよー?」 「……いい加減にそこからどけーッ!!!」 「きゃー!ダーリンが怒ったー!」 素直じゃない彼。 だけど、そこがまたいい所。今現在は、こんな関係だけど、いつかきっとダーリンを本気で振り向かせてみせるわよ! でも、今はまだこんな関係でもいいんじゃないかなぁ~って思っちゃったりして。 遠くも近くもない、アタシと彼の微妙な関係。