「あの…貴緒さん?」


 「何でしょう?」


 「………そろそろ、離してもらえませんか?」


 「後少しだけ」


 「…………」


 後少しだけ、と言う言葉に押し黙る。
 現在、自分は貴緒さんの膝に座って後ろから抱き締められているという形でいる。
この部屋には、自分と貴緒さんしかいない。
 社長は、自室で資料の山に埋もれているし、リルとくっくでゅーは、買い物に行っているので、事務所にはいない。
 白狼さんは、その付き添い。


 自分はと言うと、いつも通り自室で残りの書類を片付けていた。
そうしたら、貴緒さんがやって来て――――。








 何故か、急に後ろから抱き締められた。








 何分ぐらい経っただろう?


 時計に目をやると、針は後少しで真っ直ぐになる所だった。窓の外は、日が傾き大分暗くなっている。


 「貴緒さん」


 「何でしょう?」


 「そろそろ、夕食の時間ですね」


 「………そうですね」


 「…………」





 何故?
どうして、こんな事をするんだろうか?
 自分が、何かしてしまったとか?


……………。


 心当りは無い。
しかし、何をしたらこんな状況になるんだろう?
 見た感じ、怒っている訳ではなさそうだ……。


 「貴緒さん」


 「何でしょう?」


 「どうして……こうしているんですか?」


 「……………」


 質問の答えはなかなか返って来ない。


しまった。
マズい事を聞いてしまったのか?


そう不安げに視線を泳がせていると、不意に頭上から声が聞こえた。


 「こうしたかったから、ですかね?」


 「………そう、ですか」


ますます分からない。
 貴緒さんの考えが。
でも、こうしたいと言うのだから、こうしているのが良いのだろうか?
まぁ、仕事の方も大体片付いたし、断る理由はない。







なら、別に良いか。







 腰に絡む腕に、少しだけ触れて目を閉じた。



       ―――この行為の意味を理解する事は、きっと出来ない―――







 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




別に、初めからそうするつもりで近付いた訳ではないんです。
それは、“衝動”でした。


 僕は、提出する筈の書類を届けに、呉羽さんの自室へ向かっていた。
 扉を開ければ、いつもの様に仕事に勤しむ姿があった。


 「これ、今日の提出分です」


そう言って、机の上に書類を置く。
 只それだけだった。





だけど―――――





「お疲れ様です」


 不意に、呉羽さんが振り返って、笑ってくれたんです。





それを見た、僕は―――――











気付いた時には、その背中を抱き締めていた。





しかし、呉羽さんは特に嫌がる様な素振は見せず、名前を呼んで来たので、そのまま近くの椅子に抱き締めたまま座り込んだ。
それでも、呉羽さんは膝の上で静かに抱き締められたまま。


でも、直ぐに困った様に顔を俯いてしまう。





あ、嫌われたかも。





そう思ったら直ぐに解放してあげれば良いものの、離れる気にはなれなかった。
だって、ずっと想い続けていたその身に、触れる事が出来たのだから。


 (でも、抵抗しない貴方もいけないんですよ?)


なんて、理不尽な責任を押し付けて、僕は肩に顔を沈めた。


 少しは、僕の気持ちを理解して頂けたでしょうか?


ちょっとした期待を勝手に膨らまし、自嘲的な笑みを浮かべる。


その時、


 「どうして……こうしているんですか?」


 「…………」


 呉羽さんからの想定外の質問に、僕は思わず黙り込んだ。


 (何も伝わってはいない様ですね……)


 勝手に期待をしておいて、勝手に傷付いているなんて、なんと自分勝手なんだと頭の片隅で思う。
ふと、呉羽さんのに視線を不安そうに目を泳がせていたので、


 「こうしたかったから、ですかね?」


なんて勝手な理由だろう。
でも、本当の事ですし、他に良い理由が見つからない。


 「………そう、ですか」


そう言って、呉羽さんは俯いてしまった。
これ以上困らせては可哀相だと、腰に絡む腕を解こうとした時、





 (!)





そっと、触れられる感覚がして、僕は思わず解きかけた腕を止めた。


       ―――貴方は、どこまで僕の気持ちを理解してくれているのでしょうか?――― 









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